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確信と慢心

   
何かに向かって進み始めたとき、人は心のどこかに、何かしらの思いを抱いているのだと思う。
この思いがオーラのごとく現れて、その人の印象となるような気がする。
夢とか願いとか漠然としたものより信念とか確信とか揺るがないものの方が
エネルギーや迫力を感じることが出来て私は好きだ。
迫力というとちょっと危険な感じがするけれど夢や願いよりも信用できるような気がする。
ただ夢を描いて生きるより、ただ漠然と日々を過ごすより、「確信」に満ちた生き方をしたい。
そうあるために、ほぼ毎日が自問自答の繰り返しである。「今日出来ることを精一杯やっただろうか?」
どんなに頑張っても神様ではないのだから完璧はありえないと知りながら、
創意工夫と改良と学習を重ねて精一杯生きている。
一日一日積み重ねられた「確信」はいつか「信念」や「自信」に変わるのだと思う。
精一杯頑張ることはハタからみるととても大変なことのように見えるかもしれない。
けれどいろいろ考えてみると、案外これが生きていきやすい。
適当に生きて人に相手にされないより、いい加減に生きて人に後ろ指を指されるより、
不安にかられて生きるより、ずっと安心な生活を送ることが出来る。
だから私は出会う人全てに何らかの形でこんな生き方をお勧めしたくてしょうがない。

けれど、こんな生き方にもやっぱり危険はついてくる。それは「確信」と「慢心」を勘違いしてしまうことである。
精一杯のバロメーターは自分の中にあるわけで、毎日毎日人様に評価採点していただけるものでもない。
だから自己採点が甘い評価を続けていると精一杯の基準がとても低くなり、
そのうち「自己満足」で終わってしまうのである。
「確信」というのは謙虚な心の上に成り立つのであって、傲慢な心の上に「慢心」は成り立つのだと思う。
客観的に自分の精一杯を正しく評価する心がけを忘れてはならない。
人間の可能性は無限大でこれで完璧ということはありえない。
例え今日完璧であっても明日になればまた一歩進めるのが人間という動物だと思う。
「もっと、もっとなすべきことは無かったか・・」と考えられることが謙虚である。
「私は私なりに精一杯やったから・・」と半ば慰めるような言い訳をするような心は傲慢だと思う。
「確信」は人様から与えられるものではない。
自分自身のこれまでの誠実な行動と成果を自分自身で判断して得られるのである。
難しいようだけど、進歩を望む人間として実に当たり前のことを日々続けるだけでいい。
ただそれだけで堂々と生きる権利を与えられるのだ。

舞台に立つことにおいて、本番当日も自らの中で「慢心」であってはならない。
けれど恐れたりするような不安定なものであってもまた見苦しい。
それまでの自分の誠実な行動と努力による成果を土台に「確信」を持って舞台に立つことがもっとも望ましい。
「発展」の舞台まで5ヶ月。今回は「あーと」始まって以来の準備期間となった。
私を含めた出演者全てが「確信」を持って本番に望めるように時を過ごして行きたいと思う。

舞台を通して得た「確信」の心地よさを広く、それぞれの人生にも活用してほしいと願っている。

                                                                        BY 川留

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